2014年2月2日日曜日

文字 と 言葉 と 声 

今日は、こちらのライブに

手のひら3チラシ写真.JPG


飛び入りで私も参加し、10分だけ朗読をやらせていただきました。


ねおみいさんとは、このライブ企画の1回目に、ご一緒させていただきました。


そして3回目の今夜は、直樹さんが満を持してゲストに!

もともと長いお付き合いのねおみいさんと、直樹さん。
息もぴったりのライブです。
ねおみいさんの歌のレパートリーも、アレンジものからオリジナルまで幅広く、目を伏せると、歌の中に景色が見えて、充実のライブでした(^^)。


そして、ねおみいさんの粋な計らいで、直樹さんとの朗読をひと時だけやらせてくださったのです。
ありがとうございました!


今日は、じつはちょっとした飛び入りにもかかわらず、意外と面白い発見がありました。


【ひとつめ。】

リハの時に、サウンドチェックで少しだけ絵本語りを。
さわりだけなのですが、聞いてたねおみいさん、

『もう泣きそうです・・・』

の一言(笑)。

物語は、まだ始まってないくらいさわりなんですけどね(^^;。


で、実はこういう現象が、意外と私の周りにありがちだということにやっと気づいたんです。


時々、そういうコメントを下さる方がいるんですね~。
うれしい。

声聞いただけで、泣きそうです、とか、リハで、さわりやっただけで、

『涙でそう』とか。


こういうのって、理屈なしの愛を感じてとてもありがたいです。みなさん、ありがとうございます!


【ふたつめ。】

これは今日に限らずですが、最近しみじみ思うことです。

以前ご一緒した方が、オリジナルの詩を提供してくださり、朗読させていただいたことがありました。その方は、ライブの終わりに、
『あいちゃんが、私の言葉に命を吹き込んでくれました』
とおっしゃってくださり、以降私は、言葉に命を吹き込むことをお役目と心に決めて、芝居も朗読も励んでいます。


そう、言葉とは、とても面白くて。

文字、活字の言葉には、『心』がこもっています。

私たちは、手紙や、本を読み、その心情に打たれることもあります。


そして、言葉が声になると、そこには『命』が、『息吹』が吹き込まれます。
それは、一種の揺らぎを伴い、またたく星の輝きのように、人の奥へ届いていきます。

同じ言葉なのに、活字で『読む』のと、自分で『発する』のと、外から『聞く』のでは、沁みこみ方が異なるのですね。


なんだけど、活字を声にするとき、いかんせん人は、『読みあげ』てしまいがちです。


ノンノン。

声に出すときは、ぜひぜひ、『発して』みてください。それは、命の言葉。

絵本の物語を『読む』のでなく、『伝えて』みてください。

私が言葉に命を吹き込むのは、それが私の特技だからではなく、皆さんがそうできることを思い出していただくため、という気がしています。



言葉は、輝きます。それは、心が伴ったときに。



心が、思わずこもってしまったときに。です。
込めようとすると、嘘になります。(選挙の街頭演説思い出すと分かりやすいですね。)


【最後に。】

これは、本当に面白い。

私の朗読を聞いた子供たちが、絵本を読むのがうまくなります。
心を込めてもいいのだと、なにか、スタートサインが出るようです。



だから、これからも、ご縁のある場所で喜んで『語り』たいと思います。大人にも、子供にも。


素敵なライブの夜に気づけた奇跡に、感謝☆